○○が夢を掴んだっていい

タイトルは変わるかもしれません。

いざ転職してみて感じたこと。

・会社規模が30倍になり人が多い
→以前は社員全員家族のような雰囲気でしたが、今は多すぎて見たことない人がたくさんいる。相手がわからないので社員と電話してても緊張する。

・福利厚生がしっかりしていて、休暇もとりたい時にとれる
→当たり前のはずなのですが、とてもありがたい。

・オフィスにいなくても問題ない
→以前は先ず顔を見せないとサボり認定されていましたが、今はやることやっていれば家にいようがスタバにいようが何も言われません。

・完全に年功序列
→古くて人が多い会社だから?能力や成果に関わらず年齢や勤続年数で給料や役職が決まるため、入社してしばらくは新卒達と同じ待遇でした。そのせいか、やったもの負けや、言い出しっぺが全責任を負う風潮もあり、これが後々悩みの種になります。

当時は第二新卒(死語?)の扱いが今とは違い、一つの会社に長く勤めるのが美徳とされる風潮があり、せめて3年は、と言いつつ根性なしのような扱いをされることが少なくありませんでした。

さあ転職、と思ったものの何をしてよいのかわからず、転職エージェント数社で相談してみたのですが、どれも芳しくない返事ばかり。もちろん、私にも至らない面はあるとして。

それならばと、ダメ元で企業へダイレクトアタックを仕掛けたところ、早速好感触。自分でもわかってはいたのですが、書面より直接話せた方が強い。一応当時流行りだった圧迫面接もありましたが、顧客からのご意見ご要望に比べたらなんてことないものです。

ってな感じで初めての転職は思いの外スムーズに成功してしまったのです。

つづく

ちょっと汚い話注意

そんなんでも上司が送別会を開いてくれたんですよ。

某しゃぶしゃぶチェーンだったんですけどね、私辛いものが苦手なんですよ。特に唐辛子系が苦手で、内蔵が拒否反応を示しちゃうタイプなんですよ。
薬膳鍋風の出汁が出てきて、鷹の爪が入ってたんです。
まずは「このおいしいやつは主役にやるよ」なんつって皿に入れられて、あれーなんだか変な空気だなー、怖いなー怖いなーって思ったんですね。
それからね、頼んでもないのになんでもかんでも赤い粉をかけるわけですよ。
やめときゃいいのに、むきになって食べちゃったんですね。赤い連中を。
そしたら、帰りの道中で、もうなんの前触れもなくて、つらくてとか我慢してとかじゃないんですよ。
息をするように当たり前のように、お尻からこんにちはしちゃったんですね。時間的にはこんばんはですね。

それからのことはあまり記憶にないのですが、ほんと辞めてよかったし、上司には末代まで唐辛子に呪われてほしいと思っています。

つづく

昔話その2 退職といじめ

1度目の転職活動に関しては次回以降書きます。

 

 

なんやかんやで次の務め先が決まり、さて辞めるぞーという段です。

まずは直属の上司に相談、というか最早結果報告。

出入りの激しい業界なので慣れているのか、まあ仕方ないよねといった雰囲気で退職願を受け取ってくれました。とは言え辞めますと伝えることに要るエネルギーは相当なもの。会話中にめまいがしたのを覚えています。

 

問題はこの次、営業部長との面談です。

初めのうちは辞めてどうするんだ、とかお前には期待しているんだ、とか。嘘でも悪い気のしない言葉が続いたのですが、5分もすると最近の若いモンはーとか転職先はお前をダメにするーとか多角的なディスりが始まり、最終的にはお前が辞めることによる損失を賠償してもらうだの、「あ、これチャ○ンジで見たやつだ!」みたいな展開になったので机の下で中指を立てながら教科書通りの回答でやり過ごしました。

それでも退職願破って捨てられたので、後日内容証明で送ったりしましたけど。

 

プロセスはだいぶ端折りましたが、あらゆる妨害工作に遭い、精神面でかなり疲弊していました。正直「やっぱ退職できないのかな・・・」なんて思っていた時期もあります。

この時に劇薬的な一言をくれた社労士さんがいます。

会社との退職交渉で行き詰まっていた際に、役所が開催していた社労士の無料相談会に足を運んでみたのです。

色々アドバイスもらえるんだろうなーなんて期待して今の状況を説明するなり一言「それでも辞めなあかんのやろ?早よ辞めたれ!明日から行かんでええ!!」ってマジで怒鳴られました。しかもそれで相談終了。所要2分程度。

今思えば結論出てる状況で言えることなんてその位だよねーと思うのですが、当時の私には相当ショッキングというか、心臓を抉り出されて潰されたかのような自分が自分でなくなる感覚でした。(イン○ィージョー○ズ参照) つづく

昔話 その1

転職の思い出話をする前に。

 

私は1度転職を経験しています。

先にその話をしてから、と思ったけどもっと過去に遡ります。

(時を戻そう)

 

 

 

私は20歳になる頃まで役者を目指していました。

実績らしい実績はありませんが、自分なりに本気でやっていました。

けれど、20歳になる誕生日の少し前だったと思います。

突然、諦めてしまいました。

 

未だになぜ諦めてしまったのかわかりません。

家族や友人から常に反対されていたので折れちゃったのかな。

何か壁にぶち当たったとか、とにかくきっかけがわからないのです。

 

役者を諦めて大学に進学したいと両親に相談した時、あんなに反対していた2人の顔がなぜか残念そうに見えたのを覚えています。この話は別に機会があれば。

 

それから寝る間も惜しみ、成人式にも行かず勉強した結果、なんとか合格できました。

とはいえ、動機もなくただ合格を目的に勉強していただけなので、入学後は遊んだりバイトしたりしてなんとなく毎日を消化するばかり。

それでも就活せなあかん時分になり、当時流行った内定取消しも味わいつつ、これもなんとか成功。印刷会社に就職しました。

 

仕事は楽しく先輩にも恵まれ毎日充実していたのですが、とにかく社員の出入りが激しく(おかげであっという間に昇進しましたが)、給与体系に不可解な点が見え始め、一生この会社に勤めるのは厳しいかなーと思っていた矢先、社長が変わり事態が急転します。

新社長の方針で新たに健康食品事業に乗り出すことになり、私はその営業部隊に回されることになりました。

営業するのはいいのですが、いかんせん売る物が「ナントカ還元水」レベルの代物なもんだから、体の健康より心が心配になり退職を決意します。

(ちなみにこの時、ストレスで髪が真っ白になりました。)

 

つづく

人生に変化を求めている人へ

私は半年程前に転職活動をしていたのですが、ここではその時の思いを備忘録的に書き綴っていこうと思います。

 

 

 

私は現在、とある大手企業の子会社で人事をやっています。と言っても人事課に移ったのは最近で、それまでは主にイベント企画に携わっており、勤続10年目です。

 

何回かに分けて投稿するつもりですが、先にオチを言ってしまうと、今は転職を考えていません。けれど今は考えていないだけで、何か楽しいことを見つけたり良い話があればいつでも飛び出す気持ちは持っています。

 

さて、私がなぜ転職したいと思ったか。

昨年の夏頃から、私はすべてに絶望していました。

 

仕事はうまくいかない、職場の人間関係もダメ、プライベートも思うようにならない。

気持ちを切り替えようと、セミナーに参加したり、異業種の交流会に参加したりしてみたのですが、そのたびに周囲が自分より輝いているように見えて余計に落ちるばかり。段々と自分の将来も暗く、見通しが悪くなっていくのがわかりました。

 

このままじゃいかんと思い、とんでもない行動に出ます。

 

ある日、アポもとらず社長室のドアを叩き、秘書の静止を半ば無視し、単身乗り込んだのです。

 ーー社長は社会をどうしたいのか

 ーーこの会社には何ができるのか

 ーー社員に何を求めるのか

(これ書きながら思い出してお腹痛くなってきた・・・。)

魂のぶつかり合いみたいなのを期待していたのですが、結果としてはそうならず。

元々強いリーダーシップで引っ張るタイプではなく、周囲の力を引き出しながら進めていく社長なのは知っていたはずなのに、というか部屋から追い出さず最後まで聞いてくれただけで感謝しなきゃいけないのですが、当時は私はそんな余裕もなく、あろうことか会社を出る決意をしたわけです。 つづく